片隅でひっそりと

~共働き家庭の 仕事・家事・育児~

子どもの成長と、親との距離感

朝、6時半少し前にぼんやり目を覚ましました。

同じタイミングで起きたぐり君。

 

寝転んだまま「おはよう」と挨拶をし、横に寝ていたぐり君を抱き寄せました。

私のお腹の上に乗せられ、抱っこされていたぐり君が

「とーたんは? とーたんにもぎゅーしてもらうの」というので

「今日はお父さんは会社でお仕事の日だよ」というと、急にぐずぐず泣き始めました。

「でも、今日は早く帰ってくるよ。いつも金曜日は夜遅く帰ってくるけれど、今日は一緒にご飯を食べられるよ」となぐさめるも、効果なし。

 

「ぐり君が保育園に行って帰ってくる頃には、お父さんも帰ってくるよ」と本日の予定を説明すると、

「ほいくえん、いかないのぉー」とぼろぼろ涙を流しました。

「おかあさんに、あえなくなっちゃうから。ほいくえんいかないのぉ。おうちがいいのぉ。」しゃくりあげ、言葉も切れ切れに一生懸命話してくれます。

そうして、布団にうつ伏せ、さめざめと泣きました。

 

困ったな。泣いていて可愛そうだな。慰めるのが面倒だな。仕事をしているせいで寂しい思いをさせてしまっているな…。

色々な気持ちが心に浮かびますが、何より強い気持ちは「可愛い!」「幸せ!」です。

 

「お母さんとずっと一緒にいたいの? お母さん大好きなの?」と聞くと

私の胸に顔をうずめて「…ん」。

「お母さんも。ぐり君のことが大好きだよーー!」抱きしめて、布団の上を二人でゴロゴロ転げ回りました。

 

つい先日まで、ぐり君は、保育園に行きたくないときは「さみしぃーの」という言葉で表現していました。

ぱっぱと離れると寂しい、そういって自分の気持を教えてくれていました。

今週に入って、もっと具体的に何がどう嫌なのか、ということを伝えられるようになりました。

 

親に100%心と体を預けてくれる幼少期。

なんて幸せな期間なのでしょう。

でも、もう親にべったり依存しているわけではなく…気持ちを伝えて、理解してもらい、気持ちを返してもらったら、それで満足して落ち着きます。

起きた瞬間は泣いていたのに、ご飯を食べる頃にはもう気持ちを切り替え、保育園につく頃にはむしろ保育室のおもちゃやお友だちに気持ちが引っ張られ、私を振りかえることなくさっさと部屋に入って遊び始めます。

行ってきます・行ってらっっしゃいの挨拶もせず、安全地帯のような「ぱっぱ」を振り返ることなく、「保育園」という世界の中に駆け込んでいきます。

 

食事の内容や、言葉の発達だけではなく、心の成長の方も「お兄ちゃん」になったんだなぁ、と感じます。

 

子育て四訓

1.乳児はしっかり
     肌を離すな

2.幼児は肌を離せ
     手を離すな

3.少年は手を離せ
     目を離すな

4.青年は目を離せ
     心を離すな

 

ぐり君は、今は「幼児は肌を離せ手を離すな」の時期ですかね。

 

一昨年の乳児の頃は、様々なものから守るように胸に抱きしめ、抱き込んでいました。

 

昨年は、子どもの手を離さないように握りしめながら、ルールや何が危険につながるかを教え、手を引いて導いている感覚でした。

 

今は、子どもが自由に歩き駆けていくのを、後ろから危険がないよう見守り、ときにはルールを教え、注意する。でも、子どもが不安になったりして振り返ったときには、両手を広げて抱きしめ、背を撫でる。

そんな風に、子どもへの関わり方がステップアップしたと感じます。

 

実際には、まだまだひとり歩きは危険なので、車が通るような道は手をつないであるいています。でも、もう公園などでは、「危ないから」と過保護に行動を制限するのではなく、自由に遊ぶ子どもの後ろからついて回るようになりました。

こうして、少しずつ、親と子の心と体の距離感は変わっていくのですね。

 

来年には、さらにぐり君の心が成長し、毎朝「さみしぃーの」の気持ちに応えて抱きしめる必要はなくなるかもしれません。

そう思うと、朝起きた途端に保育園に行きたくないと泣かれるのは、今だけ味わえる貴重な幸せです。